誰かの胸に残る人〜三人の物語から見る「渡世人」

三度笠に合羽を着て、街道をひとり歩いていく旅人。大衆演劇のお芝居で、そんな姿を見たことはありませんか? 劇団鯱のお芝居にも、こうした旅人がたくさん登場します。今回は時代劇の役どころシリーズ第二弾として「渡世人」をピックアップし、情報局目線で掘り下げてみました!

「股旅(またたび)」って何?

「股旅」は、あちらこちらの土地を股にかけて、旅から旅へと渡り歩くことをいう言葉です。そんな旅人を主人公に、義理や人情を描いたお芝居や小説、映画は「股旅物(またたびもの)」と呼ばれます。昭和のはじめ頃から使われるようになった呼び方のようで、劇作家・長谷川伸の作品が、この呼び名が生まれるきっかけのひとつになったといわれています。

股旅物は、大衆演劇でも長く親しまれてきた世界です。劇団鯱の役者陣が「股旅物こそ真骨頂」と、大事に誇りを持って演じているジャンルのひとつです。

「渡世人(とせいにん)」ってどんな人?

股旅物の主人公として描かれることが多いのが、「渡世人(とせいにん)」です。「渡世」は、世の中を渡っていくこと。暮らしを立てていくことを言う言葉です。お芝居の中の渡世人は、普通の暮らしから外れて、自分の腕と度胸で世の中を渡っていく人たちです。お芝居の中では、そうした渡世の世界ならではの決まりごとや義理が、とても重いものとして描かれます。

お芝居の中の渡世人には、二つの顔があります。ひとつは、旅の顔。ひとところに落ち着かず、旅から旅へ生きる姿です。もうひとつは、渡世の顔。旅先で受けた恩や義理を、何より重く背負う姿です。

今回ピックアップする三人も、それぞれの顔を見せてくれます。誰かの元から旅立つ時に、彼らはそれぞれ何を誰かの心に残すのでしょうか。渡世人と呼ばれる人の物語を三つ紹介します。

真実を秘めて去る人 『関の弥太っぺ』

『関の弥太っぺ』の舞台より

旅の途中、ひょんなことから幼いお小夜を託された弥太郎。弥太郎はお小夜を無事に送り届けると、名前も告げずに、ひとり旅へ戻っていきます。それから時が経ち、弥太郎は、お小夜がいまも恩人を探し続けていることを知ります。弥太郎は、本当のことを胸の奥にしまったまま。お小夜の胸に残っているのは、名前も知らない、ひとりの旅人の姿です。

あらすじや出役は演目ライブラリの『関の弥太っぺ』のページでもご紹介しています。

想いを飲み込み発つ人 『雪の渡り鳥は鯉名の銀平』

『雪の渡り鳥は鯉名の銀平』の舞台より

銀平は、茶店の娘・お市とひそかに想い合う仲でした。けれど、弟分の卯之吉もまた、お市に想いを寄せていると知ります。喧嘩に勝ったあと、銀平はお市を卯之吉に託すことを決め、ひとり旅に出ます。再び旅から戻った時、銀平と卯之吉の間に起こる出来事は――。

弥太郎が真実を「秘めて」去る人なら、銀平は想いを「飲み込んで」旅立つ人と言えます。様々な想いをぐっと飲み込んで、銀平は再びの旅に出ていくのです。同じ股旅物でも、胸に抱えるものの違いでお芝居の味わいが違うというわけですね。

あらすじや出役は演目ライブラリの『雪の渡り鳥は鯉名の銀平』のページでもご紹介しています。

筋を通して散る人 『三浦屋孫次郎』

『三浦屋孫次郎』の舞台より

渡世人が背負うのは、旅だけではありません。孫次郎は、渡世の顔を見せてくれる人です。講談や浪曲で知られる『天保水滸伝』を元にしたこのお芝居。旅の途中で一家に救われた孫次郎は、一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の深い恩を感じています。泊めてもらい、ごはんをいただいた恩。お芝居の中の渡世人にとって、それは自分の気持ちよりも重いものと決まっているのです。

物語の中で、孫次郎は討った相手を敵方の一家へ丁重に送り届けます。恩には恩で、礼には礼で。筋を通した孫次郎の姿は、敵だった人たちの胸にこそ、深く残ったのかもしれません。現代の価値観とは異なる内容が多くとも、時を超えて胸を打つものがきっとある。ぜひ劇場で観ていただきたいお芝居です。

あらすじや出役は演目ライブラリの『三浦屋孫次郎』のページでもご紹介しています。

同じ「渡世人」でも

真実を秘めて去る、弥太郎。想いを飲み込み発つ、銀平。筋を通して散る、孫次郎。三人とも、最後は誰かの前から去っていきます。けれど、名乗らずに去る人も、想いをこらえて旅立つ人も、筋を通して散る人も、その背中は誰かの胸にそっと残っていきます。そうしたものが心の中にあれば、人は強くなれるのかもしれません。

渡世人が出てくるお芝居は、この他にもたくさんたくさんあります。三度笠の旅人が出てきたら、「この人は誰の胸に何を残していくんだろう?」と想像しながら、彼らが残したものの温かさに触れてみてくださいね。

演じる側から見た渡世人

今回ご紹介した三人について、兜蛇々丸に話を聞いてみました。

三人の中でいちばん演じやすいのは、孫次郎。義理を重んじる気持ちで演じているので、ストレートに気持ちを作りやすいと言います。恩や義理を何より重く背負う、渡世の顔を見せる孫次郎らしい答えですね。

一方、銀平で難しいのは、粋さを出すこと。股旅物は粋であることもとても大切なのだとか。銀平は人情に厚い人柄に、さっぱりとした軽妙な振る舞いが持ち味です。その空気感をいい具合に出すのが難しく、本人いわく、まだまだ難しさを感じているお芝居とのことでした。

そして『関の弥太っぺ』は、蛇々丸がまだ演じたことのないお芝居。数あるお芝居の中でも「やれと言われたらビビる芝居のひとつ」です。銀平よりも感情の置きどころが複雑で、台詞の発声にも難しい技術が求められる箇所があり、所作も大切。とにかく難しいお芝居だと話してくれました。

何より、師匠であり父である朝陽政次座長の十八番。どうしても基準が高くなります。渡世人を演じる難しさよりも、政次座長のイメージが強い役に挑む難しさのほうが大きい、というのが本人の実感です。政次座長の弥太郎は、蛇々丸だけでなく獅子丸若座長にとっても、とても大きな存在だと聞いています。

劇団鯱が大事に誇りを持って演じている股旅物。同じ役でも、メンバーそれぞれがどう演じているのかにも注目して観ていただけるとうれしいです!

『関の弥太っぺ』の舞台より
『雪の渡り鳥は鯉名の銀平』の舞台より
『三浦屋孫次郎』の舞台より

三人の去り際を、ぜひ生の劇場で!

何を秘めて去るのか。何を飲み込んで旅立つのか。そして、どう筋を通すのか。答えは、ぜひ劇場でお確かめください!

直近の公演予定まとめは当サイトの公演情報ページで、最新の予定は劇団鯱情報局Xでお知らせしています。

次回は「語り継がれる人」

孫次郎が恩を受けた親分のように、渡世人とは切っても切れない存在である「侠客(きょうかく)」と呼ばれる人たちもお芝居に登場します。次回は、侠客の三人の物語をご紹介します。次回のかわら版もお楽しみに!